残業代請求
【「管理監督者」でも油断は禁物】定義を正しく理解してリスクに備える
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2023.01.20
残業代支払の例外と思っていた管理監督者の従業員から残業代請求がなされた、という事例が多くみられます。労働基準法上残業代支払のルールが異なる管理監督者は定義が厳密になされており、実は該当しなかった、という事例が発生しえます。
このブログをお読みいただくことで、管理監督者該当性の判断における注意点を確認でき、必要な労務管理の是正につなげることができます。併せて、残業代請求を受けた場合の流れをご説明しておりますので、対応の備えとしてご活用ください。
目次
「名ばかり管理職」になっていないか注意が必要です
残業代支払の例外として労働基準法で既定される管理監督者は、行政通達上、「部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と定義されます。管理監督者に該当するか否かは、名称にとらわれず、職務や職責、勤務態様、待遇といった業務実態に即して判断するとされています。
部署や事業所の「長」の立場にあるからといって直ちに管理監督者に該当するものではない、という点に注意が必要です。勤務実態に即した待遇がなされていない管理監督者については「名ばかり管理職」として問題となりました。労働基準局が是正に乗り出し、詳細な通達が発出されたという経緯があります。
このような経緯も念頭に置きつつ、管理監督者の定義に該当するか否かのポイントについてみていきましょう。
役員クラスの場合のみ「経営者と一体的な立場にある」というものではありません
労働条件の決定その他労務管理について「経営者と一体的な立場にある」という定義に該当する従業員は限られています。字義どおり考えようとすると、役員クラスの立場しか定義に該当しないのでは、となりがちです。
実際の判断では、単に役員クラスの立場か否かという点だけでなく、当該従業員の裁量の範囲を具体的に検討することになります。管理監督者に該当するかについては、チェーン店の店長や工場長といった立場の場合や組織内の管理職の場合がよく問題となります。これらの場合ごとに裁判例の傾向をみていきます。
チェーン店の店長や工場長という立場の従業員の場合は、店舗や工場の経営に対する裁量が本社から制限されていれば、「経営者と一体的な立場」とはいえないと判断される傾向にあります。
例えば、チェーン展開するコンビニエンスストアやファストフード店の店長について、商品の種類や価格、仕入先について店長が決定できない、各店舗において独自商品を販売することがない、販売促進活動を自由に行うことができないといった店長の裁量の制限を考慮し、店長の管理監督者性を否定する裁判例が散見されます。
組織内の管理職については、役員並みの裁量がなければ管理監督者に該当しないとなれば、範囲が狭すぎるのではないかという問題提起がなされています。
このような問題点に関しては、職務内容が少なくともある部門全体の統括的な立場にあるか、部下に対する労務管理上の決定権等につき一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接しているかといった点を指標として示した裁判例が出てきています。
税理士法人の管理部長の管理監督者性が問題になった事案では、管理部長が税理士法人の経営に関する決定に参画していなかったことのほか、執務体制として法人が顧問先を各従業員に割り振り、各担当者にて顧問先の業務を独立して行うというものであった点が管理監督者性を否定する要素として考慮されました。
現場の従業員と業務実態が近いほど管理監督者性が否定される傾向にあります
職務や職責、勤務態様、待遇といった業務実態から管理監督者性を判断するにあたっては、現場で業務にあたっている従業員との比較で考える場面があります。
部署のナンバーツーとして「企画営業部長」の職にあった従業員の管理監督者該当性が問題となった例では、管理者としての業務に充てる時間と現場の業務に充てる時間とを比較して業務実態についての判断が行われました。その従業員は、所定労働時間の多くを自身が営業マンとして行う営業活動に費やしており、決裁書類の確認、業界・市場・商品の分析といった管理業務は始業時刻前の早朝や深夜に限られていました。この点を理由の一つとして、「企画営業部長」の管理監督者該当性が否定されました。
待遇面では、出退勤の時間に制限があるか、一般の従業員よりも賃金上優遇されているかといった点に着目します。
出退勤の時間制限については、単に制限がないというだけでなく、出退勤の時間が給与の査定に影響を与えないということを意味するとされています。一般の従業員であれば、遅刻や早退、欠勤は賃金控除の対象となります。管理監督者の場合は、業務に裁量を与えられることに併せて出退勤を自己管理できる立場にあります。このような立場からすると、勤務成績によって給与査定の不利益を受けない取扱いが必要となるのです。
賃金上の優遇については、役職手当のような管理監督者のみに与えられる固定給の有無、年収額、時給換算した場合の賃金の一般の従業員との比較からといった観点から検討していきます。
業務実態の具体的な判断においては、現場で業務にあたる従業員と管理職の業務内容とを比較することになります。「管理監督者」としている従業員が現場でどのような労働をしているのかを把握することが対策のポイントです。
管理監督者に該当しても深夜残業代は支払う必要があります
従業員が管理監督者に該当しても、残業代を一切支払わなくても良い、というものではありません。労働基準法41条は、管理監督者について、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用しない」としています。これらの列挙のうち、深夜労働は含まれていないため、深夜残業に対する残業代は請求が可能であると最高裁が判断しています。
管理監督者をはじめとする残業代支払の例外について念頭に置いておくべきことは、時間外労働に対しては残業代を支払うことが基本原則であり、残業代を支払わないことは「例外」であるという労働基準法の考え方です。行政解釈も「例外」に該当する場合は限定すべきという考え方のもと定められています。
自社の賃金体系について、「原則」と「例外」が逆転していないか、社会保険労務士等専門家の助言を得つつ見直しをすることで残業代請求への対策を行うことができます。
内容証明郵便の到着から残業代請求への対応が始まります
実際に残業代請求がなされる場合には、従業員あるいは元従業員の代理人弁護士から内容証明郵便が届き、対応に苦慮されて経営者の方が相談に来られるという例が少なくありません。
内容証明郵便の文面では、残業代が支払われていない、正確な計算を行うため、過去2年分の就業規則、賃金規程、賃金台帳、タイムカード等の資料の開示を求める、といった要求がなされていることが通例です。
わざわざ内容証明郵便で通知が届くのは、残業代請求には時効があるため、時効消滅を止める手段の一環として内容証明郵便が利用されるためです。請求をしてから6か月を経過するまでに裁判上の請求を提起することで消滅時効が完成しなくなります。請求をした日付を特定する手段として内容証明郵便が利用されるのです。
事業者側の所持している資料については、開示しないでいると裁判手続き上で裁判所から提出を命じられる可能性もあります。遅かれ早かれ開示することになる資料については早期に開示を行い、事業者側の反論事由の検討や解決方法の模索に注力することが得策です。
時効という観点で見ると、請求がなされてから6か月以内に交渉で決着がつかなければ、残業代請求の舞台が法廷に移ることになります。残業代の発生と具体的な金額については、請求する労働者に主張、立証責任があります。そのため、残業代の計算は労働者側が行うことになります。労働者側で計算に時間がかかった場合には、交渉で具体的な金額の協議をする時間がなくなり、そのまま訴訟に突入するケースもあります。
訴訟となると、労働者側に立証のハードルが課される反面、労働者側の立証が成功すれば、残業代本体の他、遅延損害金や残業代とほぼ同額付加金を支払うことになる場合もあります。
残業代が請求できる期間は、法改正により、令和2年4月1日以降に支払期日が到来した残業代について過去3年分についてです。今後は、民法の時効の規定と足並みをそろえて、過去5年分まで請求できるようになる可能性もあるところです。
残業代を請求されると、最終的に事業者においてはまとまった金額の支払を求められることが多いといえます。
現状の労務管理や賃金規程を見直し、是正を行うことが残業代請求のリスク予防につながります。見直しの観点の一つとして、管理監督者の問題をご検討されてみてはいかがでしょうか。
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