解雇・退職
【懲戒解雇のハードルの高さに注意】事例から見る懲戒解雇の検討指針
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2023.05.19
従業員が不正行為や犯罪行為を行なったことが発覚した場合、経営者としては当該従業員の懲戒解雇が頭をよぎるところです。他方で、解雇は従業員の生活基盤を喪失させるという重大な効果もあり、躊躇する場面も出てきます。
本ブログでは、懲戒解雇の考え方や実例について説明しています。懲戒解雇を検討する場面になったときに、ひとつの指針となれば幸いです。
解雇の類型としての懲戒解雇
懲戒解雇には、会社の判断によって一方的に雇用契約を解消する解雇の側面と、企業秩序を乱したことに対する制裁としての懲戒処分の一類型という側面があります。
まずは、「解雇」の側面から懲戒解雇を考えてみます。
「解雇」は、従業員の唯一の収入源であることが多い賃金を、会社が支給しなくなることを意味します。従業員がたちまち生活基盤を失う結果となるため、解雇の判断は慎重にすべきというのが労働契約法及び判例の立場です。具体的には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされています(労働契約法16条)。
解雇は、解雇理由の違いの視点から、大きく3つの類型に分けられます。
労働契約上の債務不履行を理由とする普通解雇
経営上の都合を理由とする整理解雇
そして、重大な企業秩序違反を理由とする懲戒解雇です。
労働関係法令や判例、裁判例において、3つの類型ごとに、その解雇を行う場合に考慮すべき要素が整理されています。
懲戒解雇について、条文上は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と規定されています(労働契約法15条)。
条文を整理すると、懲戒解雇が相当か否かを考慮するにあたっては、次の要素を考慮することになります。
①就業規則における懲戒処分の明記及び周知
②懲戒事由該当性の客観的合理的理由
③社会通念上の相当性
懲戒解雇は、従業員への不利益が非常に大きいため、普通解雇、整理解雇以上に慎重に判断を行う必要があります。判断に悩むのは②③の要素です。②③の具体例については後程紹介する例の中で見ていきます。
また、手続面においても、法令や各種規定、処分を行う際の一般的な手続きを遵守するように留意します。
具体的には、解雇制限(労働基準法19条)に該当しないこと、解雇予告手当の労働基準監督署長による除外認定(労働基準法20条1項、19条2項)の可否の確認、労働組合との協議が必要との規定がある場合にはその協議、弁明の機会の付与といった点が挙げられます。
懲戒処分の類型としての懲戒解雇
懲戒処分とは企業秩序に違反した従業員に対する制裁です。
企業が制裁を課すことができる根拠は、企業と従業員が雇用契約を締結したことにより、企業には企業秩序の定立・維持権、従業員には企業秩序遵守義務が発生するというものです。
ただし、制裁という性質を考慮し、企業は規則に定める範囲で懲戒権を行使できるとされています。
そのため、懲戒処分の理由及び種類、程度は就業規則に明記され、周知されることが懲戒処分の有効要件の一つとなるのです。よく設けられている処分の種類としては、戒告、減給、降格、出勤停止等が挙げられます。
その中で、「解雇」は最も重い処分に位置付けられます。
解雇が従業員の生活基盤を喪失させるという重大な結果を伴う性質からすると、最初の懲戒処分が最も重い解雇となるのは例外的な場合といえます。
公務員の場合ですと、「犯罪行為を行ったため懲戒免職」といった報道を見聞きすることが多いでしょう。
公務員は、国民全体の奉仕者として公正な職務執行が求められる職責上、特殊な規律下に置かれています。他方、民間企業は私人間の雇用契約によって雇用主と従業員の関係が規律されます。
そのため、公務員であれば懲戒免職になる場合でも、民間企業の従業員は当然に懲戒解雇にはならない点に注意が必要です。
懲戒解雇により従業員に生じる不利益
懲戒解雇をされた従業員は、毎月の賃金を得られなくなる以外にも不利益を受けることになります。
まず、退職金が減額又は不支給となる可能性があります。就業規則に懲戒解雇の場合の退職金減額ないし不支給を規定している場合、雇用主が中小企業退職金共済に加入している企業である場合(中小企業退職金共済法10条5項)がその例です。
また、解雇予告手当が支払われない可能性があります。労働基準監督署長による除外認定(労働基準法20条1項、19条2項)の手続は必要ですが、認定された場合には解雇予告手当は不支給となります。
さらに、失業給付に悪影響が生じる場合があります。従業員が「自己の責めに帰すべき重大な理由によって解雇」された場合に該当すると、雇用保険法上の7日間の待期期間の満了後、3か月間、雇用保険からの給付が制限されます(雇用保険法33条1項)。
懲戒解雇の場合は、労働契約解消後の生活保障も手薄になる可能性がある点で、従業員の不利益が大きいといえます。
どこまでの事態になれば懲戒解雇が相当なのか
懲戒解雇の理由となる重大な企業秩序違反には様々な場合があります。問題行為の類型別に、懲戒解雇の相当性についてみていきましょう。
【企業内での犯罪行為、不正行為】
業務に関連した現金その他資産の着服については、懲戒解雇を有効とする例が多いのが裁判例の傾向です。該当行為は企業に対する窃盗行為あるいは横領行為であり、企業秩序違反行為としては重大といえます。
例えば、約7か月間にわたり旅行券を改ざんし、合計102万円の金銭を不正に取得していた事案では、懲戒解雇が有効とされたほか、退職金約510万円の不支給も正当とされました。
経費の不正受給についても、懲戒解雇が認められた裁判例が散見されます。通勤手当経費の不正受給は企業に対する詐欺行為にあたります。金銭、資産の着服と同様、企業秩序違反行為としては重大といえます。
約4年8カ月にわたり定期券代合計約34万円を不正受給した例、海外視察費用に個人旅行費用約137万円及び二重取りの旅費約19万円を含めて請求した例、実際に行われていない接待について約34万円の接待費用を不正請求した例でそれぞれ懲戒解雇が有効と判断されました。
従業員間の暴行、傷害事件については、懲戒解雇が認められた例、認められなかった例のいずれもが見受けられます。事件の内容に応じて懲戒解雇の可否を検討する必要があります。
懲戒解雇が認められた例では、刑事事件として立件され、事件直後の警察や救急の対応で近隣住民の耳目を引いたといった事情、営業時間中に事件が起き、来客の子供が泣き出したといった事情がありました。
認められなかった例では、当事者同士で示談や和解が成立したこと、加害従業員について事件発生まで勤務態度に問題がなかったこと等が考慮されています。
【ハラスメント行為】
強制わいせつ、強制性交等刑法犯に該当するセクシャルハラスメント行為、懲戒処分を複数回受けているにも関わらず繰り返されるパワーハラスメント行為については、懲戒解雇が有効とされた例があります。
そこまでに至らないハラスメント行為、例えば身体的接触のないセクハラ、処分歴のない者によるパワハラについては、降格や出勤停止の懲戒処分がなされているのが実情です。
【私生活上の犯罪行為】
従業員の私生活上の行為は、基本的には企業活動とは無関係です。そのため、私生活上の犯罪行為であっても直ちに懲戒処分の対象となるものではありません。
ただし、企業の社会的評価の低下、毀損につながる行為については、企業活動に悪影響を与えることとなるため、懲戒処分の対象となります。
例えば、バスの運転士が業務外に酒気帯び運転を行い過失致死事故を起こした事例、鉄道会社の社員が電車内で繰り返し痴漢行為を行い、罰金刑となり昇給停止や降格処分を受けた後に再度痴漢行為を行い、最終的に懲役4か月、執行猶予3年の判決を受けた事例では懲戒解雇が有効とされました。
飲酒運転については、平成19年の飲酒運転厳罰化を受けて、懲戒解雇が有効とされる裁判例も増える一方、事故を起こしていないことを理由に懲戒解雇が無効となる例も見られます。
従業員の行った犯罪行為に関する社会的影響も考慮して処分を検討する必要があるといえます。
【SNSでの情報漏洩、会社批判】
情報漏洩一般について、裁判例は、故意の有無、背信的目的の有無、機密性の程度、実害の有無等を考慮して懲戒処分の相当性を判断しています。
懲戒解雇を有効とした裁判例においては、従業員データ、取引先リストを無断で持ち出した行為について、窃盗罪で有罪判決を受けた点が考慮されました。
他方、懲戒解雇が無効とされた裁判例では、従業員自身の労働事件を依頼した弁護士に対して業務資料を提供した行為について、目的は一応正当といえる、弁護士が守秘義務を負う関係で情報が流出する可能性が低いといった判断がなされています。
SNS等での情報漏洩についても同様の基準で懲戒処分について検討することになります。
会社批判については、公益通報者保護法の対象になるものから、事実に基づかない誹謗中傷まで様々な場合が想定されます。直ちに懲戒解雇とすることには慎重になる必要があります。
【経歴詐称】
学歴の過大申告、中途採用者の職歴詐称について、これらの情報が雇用条件の決定に影響を与える場合もあるため、懲戒解雇事由となりえます。
例えば、ソフトウエアの研究開発、製作会社にプログラマーとして採用されるにあたり、JAVA言語のプログラミング能力が必要であるところ、この能力がないのにある旨職務経歴書に記載し、採用面接時にも同様の説明をした従業員について、懲戒解雇が有効とされた裁判例があります。
企業側は関心があるけれども、申告を受けることが難しい内容として犯罪歴や前職での懲戒解雇歴があります。
犯罪歴については、裁判例上、刑が消滅した前科についてまで労働者において申告する信義則上の義務はない、経歴詐称とは、採用面接の質問において虚偽の応答をしたことをいい、質問がないのに自発的に申告しなかったことは含まれないとされています。
そうであれば、犯罪歴については採用時に企業から質問すればよいかというと、対応には慎重になる必要があります。職業安定法の解釈に関する厚生労働省の指針において、求職者から一律に「その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」を収集することが禁止されています。犯罪歴は、「その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」に該当しえます。そのため、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集するといった配慮が必要になります。
懲戒解雇歴については、本ブログ作成時点において採用時に収集が制限される情報として明示はされていないようです。
応募者に質問をしても事実に即した回答は期待できないかもしれません。それでも、その質問をすること自体で、虚偽申告をする応募者の側において敬遠し、結果的にそのような応募者の採用には至らないという効果は考えられます。
懲戒解雇とするか迷ったときは
懲戒解雇の相当性を従業員が争い、裁判で解雇が無効となった場合には、雇用主において解雇から無効判決がなされるまでの期間の賃金を支払うこととなるリスクが発生します。懲戒解雇が認められなかった場合でも普通解雇が認められる旨の主張を並行して行い、普通解雇が認められればこのリスクは回避できます。ただ、普通解雇が認められるハードルも低いとはいえませんので、解雇という判断自体に慎重になるべきです。
解雇が争われる裁判は、1年近くあるいはそれ以上の期間を要することも少なくありません。長期間にわたり裁判に対応する負担やコストが発生するというリスクも看過できない要素です。
懲戒解雇はあくまで最終手段であり、合意による退職の形式で雇用契約を終了するプロセスも検討する必要があります。
懲戒解雇を行う場合には、要件面、手続面で慎重な対応が求められます。懲戒解雇について検討が必要な事態が生じた場合には、初動段階から弁護士や社会保険労務士と相談しつつ手続を進めることをお勧めします。
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