
「本音を語ればすべて正しい」という幻想に思うこと
弁護士:島田 直行
投稿日:2025.03.24
「本音と建前」という言葉があります。この言葉の響きには、どこかネガティブな印象があるかもしれません。「建前」は嘘やごまかしで、「本音」こそが真実である、といった価値観が広がっているようにも感じます。しかし、私はむしろ、本音と建前をうまく使い分けることは、ごく自然で、そして大切なことだと思っています。
最近では、「とにかく本音を言うべきだ」「自分の思いははっきり主張しよう」という風潮が強まっています。それも、遠慮や配慮を一切排した、鋭くストレートな言葉で語ることが、まるで正義のように扱われる場面も見かけます。けれども私は、それは少し危ういことではないかと感じているのです。
もちろん、自分の考えや思いを持ち、それを伝えることは、とても大切なことです。そこに誠実さや生産性が伴えば、社会を前に進める力にもなるでしょう。ただ、私たちは誰かと一緒に生きていく存在でもあります。一方的に自分の考えだけを突きつければ、必ずどこかに軋轢が生まれてしまいます。
誰かと共に暮らすということは、互いに配慮し合うことでもあります。そのためには、時に言葉を選び、思いを整え、建前として伝えることが必要になるのです。もし全員が本音だけで語り合う世界になったとしたら、それはきっと、衝突と混乱ばかりの世界になってしまうでしょう。
少し話が逸れるかもしれませんが、人間の「本音」や「内面」にあるものは、案外グロテスクなものだったりします。嫉妬、不安、自己保身、劣等感……それらをそのままの言葉で吐き出してしまえば、相手を傷つけたり、関係性を壊したりすることだってあります。だからこそ、私たちは普段、そうした感情を整理し、場合によってはカバーして外に出す。そこに相手への配慮があるのだと思います。
ところが最近では、そうした「整える」行為を不要な遠慮と捉え、「グロテスクなものをそのまま見せることこそが誠実」とされる風潮すらあるようです。強い言葉で本音を叫ぶことが、ある種の「正義」や「カリスマ性」のように受け取られてしまう。でも、その強さが受け止める側にとっては非常にストレスフルなものであることも、忘れてはいけません。
むしろ、自分の意見ばかりを強く発信する人に対しては、次第に信頼や信用が薄れていくものです。人と共に生きるということは、相手と信頼関係を築くことでもあります。そのためには、本音だけではなく、建前も必要なのです。
今の社会は非常に複雑で、誰もがひとりで生きることはできません。衣食住すべてを自分でまかなえる人は、ほとんどいないでしょう。社会はすでに分業化され、互いに支え合って生きているのです。だからこそ、自分の内面をすべてさらけ出すことよりも、相手にどう伝えるか、どんな言葉で伝えるか、その選び方こそが大切だと感じます。
これからAIなどによって生産性がますます高まっていく中で、私たちの感情や価値観はより複雑に、そして曖昧になっていくでしょう。本音と建前の境界線も、これまで以上にぼやけてくるかもしれません。だからこそ、あえてその両方を意識し、使い分ける姿勢を忘れないようにしたいと思うのです。
「建前なんて本当の人間関係じゃない」と言う人もいますが、果たして「本当の人間関係」とは何なのでしょうか。私たちは皆、多かれ少なかれ仮面をつけて社会で踊っているようなものです。それでいいのだと思います。大切なのは、本音か建前かではなく、相手がそこにいるという事実をちゃんと認識し、その人に配慮した言葉や態度を選べること。それこそが、豊かな人間関係をつくるために、最も必要なスキルではないでしょうか。
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