労災事故対応
【喧嘩両成敗で終わらない】職場における社員の喧嘩が労災事故になるとき
弁護士:島田 直行 投稿日:2023.02.03
いきなり喧嘩をした社員から労災申請をしたいと相談を受けて対応に苦慮する会社も少なくありません。「喧嘩は仕事と関係ないから労災にならないのでは」とモヤモヤと感じつつも被害者である社員にどう回答すればいいのかわからない。こういった職場における社員の喧嘩についての相談は、毎年数件よせられるものです。会社が「喧嘩両成敗だから」と中途半端な対応をすれば、批判の矛先が経営者に向けられるケースもあります。会社は、「職場における喧嘩は基本的に労災にあたる」ということを前提に対処する必要があります。本ブログを読んでいただければ、社内における暴行事件への対処方法を知ることができます。
職場の暴行事件であっても労災事故になってしまう
職場における社員の暴行行為で被害を受けた場合には、原則として労災事故に該当して労災保険による給付の対象になります。ここは「喧嘩は仕事に関係ないので労災事故にならないのでないか」という誤解の多いところなので注意を要します。
労災事故とは、端的に表現すると労働者が勤務中の作業によって負傷した事故のことです。労災事故に該当すれば、通常であれば労災保険に基づいて治療を受けることができますし休業補償もなされます。そのため労災事故該当性の有無は、被災者である労働者にとって決定的な意味を有しています。
「作業中に指を折った」「工場で転倒した」という事故が労災事故に該当するというのは、一般の方にとってもイメージしやすいでしょう。これが暴行行為となると疑問を抱くかもしれません。暴行行為には、原因として「暴行を他者に加える」という加害者の故意が含まれているからです。ここが一般的な事故と大きく異なるところです。
暴行行為については、「他人の故意に基づく暴行による負傷の取扱いについて」(平成21年7月23日基発0723第12号都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)が判断基準とされています。
業務に従事している場合又は通勤途上である場合において被った負傷であって、他人の故意に基づく暴行によるものについては、当該故意が私的怨恨に基づくもの、自招行為によるものその他明らかに業務に起因しないものを除き、業務に起因する又は通勤によるものと推定することとする。
つまり職場における暴行行為については、原則として労災事故に該当することになります。ただし明らかに私的怨恨による場合や被害者が自分で原因を呼び起こしたような場合に例外的に労災事故に該当しないということになります。通常の感覚からすれば原則と例外が逆転しているような印象があるでしょう。このように広く労災事故として認定されるのは、労災補償制度が労働者の救済を本来の目的としているからです。会社とすれば、「将来の保険料が増える」「労基署からマークされる」といった不安もあるところですが制度設計からして仕方ありません。
暴行事件が発生。そのとき経営者がするべきこと
職場での暴行事件が発生したときに経営者がするべきことは、被害者の保護と事実関係の調査です。
暴行事件は、口論から突発的に生じるのが通常です。たいていは「社長、○○と○○が取っ組み合いの喧嘩に」という連絡が部下からあってものごとははじまります。社長が現場に到着している頃には、たいてい近くにいた責任者が仲裁に入って暴行自体は収まっているでしょう。仮に暴行が続いているようであれば直ちに制止を求めます。制止に双方従わないようであれば、「警察を呼ぶ」といえば双方冷静さを取り戻しやすいです。それでも応じない場合には警察を呼ぶことになります。
暴行が止まれば、被害者の保護です。とりあえず仕事を切り上げて病院に行き診断書をもらってくるようにします。あとから「痛みが止まらない」と言われても困るので、できるだけ診察は受けるようにアドバイスしてください。治療費については、いったん会社で立て替えるときもあります。
被害者は、自己の判断で警察に被害届をだす場合もあります。経営者としては、「社内のことなので警察沙汰にして欲しくない」という本音もあります。ですがこれはあくまで被害者の判断に委ねられているところです。「警察に届出するのを待って欲しい」と伝えることはできたとしても「警察に届出するな」と命じることはできません。警察に届出がなされると現場検証や関係者からの聞き取りなどがなされます。場合によっては関係者の指紋の採取もあるようです。
会社は、被害者の保護が終了した段階で独自に事実関係を調査することになります。こういった暴行事件では、当事者双方が自己に有利な発言をします。そのため防犯カメラや第三者の目撃者といった客観的証拠の有無が重要になってきます。一方の当事者の意見だけを鵜呑みにするような調査にならないよう気をつけてください。なお当事者双方には、事実関係について自分の記憶に基づいた報告書の提出を求めるようにしてください。これは事実関係を整理するだけではなく内省を求める趣旨もあります。
事実関係の調査でとくに注意して欲しいのが暴行のはじまったきっかけです。端的に表現すれば、最初の暴行が生じるまでの経緯です。一般的な事件では、いきなり一方が前触れなく暴行を加えるということはありません。それまでなんらかの口論があって一方の堪忍袋の緒が切れて暴行に及ぶケースが圧倒的多数です。もしかしたら一方が挑発的な言動をしたがゆえに相手が暴行に及んだかもしれません。こういった暴行に至る経緯は、労災事故の該当性や損害賠償の金額に影響してくるので慎重に確認するべきポイントです。
労働者が労災申請の書類への協力を求めてきたときには
暴行行為の被害を受けた労働者としては、「これは労災事故だ」ということで労災申請の依頼をしてくることになります。
会社として労災事故に該当すると判断すれば、労災申請について協力をしていくことになります。
問題となるのは会社として労災事故と判断できない場合です。労災申請は、会社の意向に関係なく自ら申請をすることができます。このとき労働者からは、労災申請の書類について事業主証明を求められます。会社は、「労災事故に該当しないと判断している」として事業主証明を拒否することができます。
ただし事業主証明を拒否しても労働者は、労災の申請をすることは可能です。事後的に労基署から「なぜ事業主証明に協力しなかったのか」といった事実確認の連絡があります。そのうえで労基署は、労災認定の可否を判断することになります。経験的には事業主証明を拒否しても労災認定されたケースが複数あります。
労災事故として認定されると労災保険に基づき治療費関連の療養補償給付、休業中に支給される休業補償給付、後遺障害が残った時に支給される障害補償給付、亡くなった時に支給される遺族補償給付や葬祭料等が給付されることになります。
もっとも労災保険に基づく支給では、被害者に生じた損害のすべてが補填されるわけではありません。例えば慰謝料は労災保険では1円もでません。また将来の収入補償もすべてがなされるわけではありません。そのため被害者としては、加害者に加えて使用者である会社に対しても損害賠償を求めて訴訟をすることがあります。
会社が損害賠償責任を負担することもあります
職場内の暴行について加害者のみならず会社が損害賠償責任を負担することもあります。
「職場における事故は労災保険ですべてカバーされるから会社は無答責」というのは大きな誤解です。会社に過失などがあれば、労災保険で不足する部分について賠償金の支払いを求められることがあります。被害の程度では数千万円の負担になることもあります。一歩対応を間違えると会社の存続自体に影響を及ぼすことになります。
会社が責任を負担する場合としては、加害者の暴行行為について管理責任が問われるときです。いかなる場合に責任が発生するかはケースによって異なるので事前に弁護士に意見を求めるべきです。
被害者としては、当然ですが加害者本人に対して損害賠償を求めます。同時に会社に対しても求めてきます。加害者本人だけの責任追及であれば、資力不足で賠償金を回収できないリスクがあるからです。このときの請求としては、「加害者と会社に対して連帯責任を求めることになります。
例えば「加害者と会社は、被害者に対して、1000万円を支払え」という請求をしてきたとします。これは加害者と会社にあわせて1000万円を求める内容であって、各自1000万円の総額2000万円を求めるというものではありません。ただし被害者は、加害者と会社のいずれから1000万円を回収してもかまいません。回収した後の清算は、加害者と会社で協議することになります。被害者は、確実な回収のために通常会社に全額の支払いを求めてきます。
具体的な損害は、交通事故の事案をベースに算定されます。被害者にも問題があれば過失相殺を主張して減額を求めていくことになります。企業として損害賠償の交渉は、弁護士に依頼するべきです。仮に自社対応する場合にしても事前に弁護士の見解を確認してから進めてください。
金額に折り合いがつけば示談書を作成することになります。示談書は、事後的に「あれも請求していなかった」という要求を防止するためにも絶対に作成するべきものです。示談書を作成しないまま損害賠償金を支払うのは絶対に控えましょう。示談書のなかには、他の社員に対して賠償金の内容などを口外しない旨の取り決めをいれることもあります。「相当な賠償金をもらったらしい」という根拠のない風評が広がるのは、職場のモチベーションを下げる要因にもなります。
金額の折り合いがつかなければ訴訟なり裁判手続へと移行していきます。
このように職場の暴行行為でも会社として考えるべきことは多々あります。お困りのときには事務所までいちどご相談ください。
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