残業代請求
【対策未了は危険】中小企業でも月60時間を超える時間外労働の割増賃金率があがります
弁護士:島田 直行 投稿日:2023.04.07
「雇用確保のため福利厚生を含めた労働環境の整備に積極的に取り組みたい」と語る経営者は少なくありません。ですが個別の福利厚生を検討する前に自社における賃金の支払状況について再度確認するべきです。退職した社員から残業代請求をされて1000万円近くの負担を強いられるケースも実際あります。2023年4月からは月60時間を超える時間外労働の割増率が中小企業でも50%になりました。事務所では、これまで多くの会社側の代理人として残業代請求に対応してきました。本ブログでは残業代請求を受けないための労働時間管理について説明をします。一読していただければ自社として“対応未了”の部分がわかるはずです。
非常識な設定をするほどに発想の枠が広がる
労働時間は、原則として「1日8時間、週40時間」までです。「それでは仕事にならない」と朗々と語る経営者もいますが意味がありません。経営者のなかには、「社員は残業代を生活費に充てている。だから時間外労働も必要だ」と悪意なく語る人もいます。それは一抹の事実でしょうが法的な反論にはなりません。「それでは残業がなくても生活に支障がない賃金にしてください。それを実現するのが経営者の役割です」と反論されるのがオチです。しかもいわゆるZ世代においては、価値観の主軸が必ずしも“賃金”にありません。「生活にできるだけの賃金は必要であるものの残業までしたくない。自分の時間が欲しい」という感覚です。これをジェネレーションギャップという言葉で片付けるべきではありません。企業を存続させていくためには、若い社員の力は絶対に必要です。一人前に育てるには少なくとも3年間の育成期間を要するでしょう。ですが最近ではせっかく採用した社員が「あわない」と感じて離職を即決することが経営者の悩みのひとつになっています。かつてのような離職に対する心理的なハードルといったものはずいぶん低くなった印象です。ですから企業の側が意識を変えて若手に目線を合わせざるを得ないというのが実情でしょう。
私は、経営者の方に「週40時間以内で売上を1.2倍にする方法について検討してみてください」と質問をすることがあります。なにか特別なアイデアがあるわけではありません。「労働時間を減らしながら売上をあげるなんて非常識だ」と感じられるでしょう。そう“非常識”というのが大事なわけです。私たちは、とかく発想の枠のなかで問題を捉えてしまいがちです。例えば「週40時間で売上を維持」という質問の場合には「残業時間を減らすには」という発想につながります。これでは「作業効率をいかにあげるか」にしか意識が向かず抜本的な改革にはなりません。これが売上を1.2倍にするとなればもはや作業効率の改善だけでは対応不可です。商品・サービスの値上げ、提供するサービスの変更など事業自体の変更まで発想を及ばさざるを得ません。あえて非常識な設定をするのは発想の枠を広げる有効な手法です。このような改善の施策を考えながら例外としての時間外労働も検討されるべきでしょう。
日本では長時間労働が社会問題として認識され一連の働き方改革が実施されました。働き方改革のもとでは時間外労働の上限規制が設定されています。従前のように労使間で協定を結べば無制限に残業ができるということはもはやありません。こういった上限規制によって残業時間は大きく減っているといわれています。厚生労働省の資料によると2012年度には約12時間であった毎月の平均残業時間が2020年度には約10.5時間になっています。このような残業時間の圧縮は、新規採用者の確保のためにもさらに進んでいくでしょう。
時間外労働の上限は月45時間・年360時間
会社が社員に時間外労働(残業)をさせるためには、いわゆる36協定と呼ばれるものを作成して所轄労働基準監督署長への届出が必要となります。経営者が「得意先の納期が厳しいからすまないけど急いで」と指示するだけではダメということです。
【労働基準法36条1項】
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省の定めるところにより、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
残業代請求の裁判をするなかで「36協定はどうなっていますか」と質問しても即答できない経営者の方は少なくありません。年1回だすものなので総務や社労士の先生に丸投げしているわけです。労働時間の管理は組織論のいろはの「い」なのでやはり経営者として年1回の36協定には目を通されてください。カタチとして目にすることであらためて自社の労働時間について考えるきっかけにもなるはずです。
残業代請求の事件では、36協定の作成過程が問題になることがあります。36協定の締結は、従業員全体の過半数で組織する労働者組合あるいは従業員の代表者と締結します。中小企業では、従業員の代表者と締結することが多いでしょう。総務に「とりあえず作成しておいて」という指示では、特定の社員が他の社員の承諾なく締結してしまうことがあります。これでは“社員を代表した”ということにならず「36協定が適切に締結されていない」と指摘されることがあります。
実際の裁判のなかでは36協定を作成しないまま残業をさせている企業もあります。これは違法な行為に他なりません。残業代請求事件のなかで「36協定を届出していませんでした」となると裁判所の心証にしてもよくないです。しかも罰則として6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。ですから36協定にはついては形骸化させずにきちんと作成しているか見直してください。
このような36協定を作成したとしても無制限に時間外労働が許されるわけではありません。時間外労働の上限は、月45時間・年360時間が基本となります。
【労働基準法35条4項】
前項の限度時間は、1箇月について45時間及び1年について360時間(第32条の4第1項第2号の対象期間として3箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、1箇月について42時間及び1年について320時間)とする。
もっとも臨時的な特別の事情があり労使が合意した場合には、当該上限を超えることができます。いわゆる36協定の特別条項と呼ばれるものです。多くの企業が導入しているので耳にしたことがあるでしょう。
【労働基準監法36条5項】
第1項の協定においては、第2項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第3項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、1箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第2項第4号に関して協定した時間を含め100時間未満の範囲内に限る。)並びに1年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め720時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第1項の協定に、併せて第2項第2号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が1箇月について45時間(第32条の4第1項第2号の対象期間として3箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、1箇月について42時間)を超えることができる月数(1年について6箇月以内に限る。)を定めなければならない。
この特別条項についても上限があります。条文を整理すると次のようになります。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について2~6か月それぞれの平均が月80時間以内
- 時間外動労働が月45時間を超えることができるのは年6か月まで
この上限規制に反すると6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処される可能性がありますので注意が必要です。
4月から時間外労働の割増賃金率が高くなります
当然ですが時間外労働について会社は割増賃金を支払う必要があります。割増賃金率について整理しておきます。そもそも賃金の割増を支払うのは時間外・休日・深夜の3パターンにわかれます。ざっくり整理すると次のようになります。
種類 | 支払条件 | 割増率 |
時間外 | 1日8時間・週40時間を超えるとき | 25%以上 |
1か月の時間外労働が45時間を超えて60時間まで | 25%以上 | |
1か月の時間外労働が60時間を超えるとき | 50%以上(中小企業も2023年4月1日から50%以上が適用されます) | |
休日 | 法定休日(週1日)に勤務させたとき | 35%以上 |
深夜 | 22時から5時までの間に勤務させたとき | 25%以上 |
この表でポイントになるのは1か月の時間外労働時間が60時間を超えるときです。2023年4月1日からは中小企業でも割増賃金率が50%以上となっています。会社の負担額が相当増えますので注意が必要です。
もうひとつ注意を要するのが就業規則の見直しです。従前の就業規則では50%以上の割増率への対応未了の場合もあります。社労士の先生方に就業規則の見直しを依頼しておくべきです。
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