不正行為
不正行為により生じた損害の賠償の実状から見る対処法
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2023.03.17
従業員が不正行為を行った結果、会社や第三者に損害が発生した場合には賠償の問題に直面します。被害額が数百万、数千万単位となれば、会社や第三者への影響も甚大です。会社としては、従業員から補填を受けることができるのか、第三者との関係では会社がどこまで責任を負うのかを懸念されるでしょう。
本ブログをお読みいただくことで、不正行為に伴う損害賠償の実状と、実状を踏まえた対処法について知ることができます。
目次
不正行為による損害賠償における問題点の整理
従業員の不正行為による損害賠償請求が問題となる場面を、対会社の関係と対第三者の関係に分けて整理していきます。
対会社との関係では、従業員が会社資産の横領や窃盗を行い、会社に損害が発生した場合に、会社から従業員に対して損害賠償請求を行うケースが典型例です。不正行為の客観的な証拠の収集、不正行為が巧妙な手口で行われた場合はその仕組みの解明がポイントとなります。
第三者との関係で問題となるのは、従業員が顧客の資産の詐取を行い、損害を与えたといったケースです。顧客からは、従業員への損害賠償請求だけでなく、会社に使用者責任を追及して損害を賠償するよう求められる展開が予想されます。会社が従業員に代わり損害を賠償した場合には、会社が従業員にどこまで求償ができるかという点も問題となります。
社内不正の証拠の保全・収集は綿密に行いましょう
会社資産の横領、窃盗といった不正行為があった場合には、被害に遭った金額について、雇用契約上の債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償請求を行うことになります。
不正の疑いが発覚した際の調査では、被害の事実と被害額に関する客観的な証拠を保全することが重要です。
従業員が不正自体を認めている場合でも、従業員本人が不正に取得した金額を十分に覚えていないケース、後から否定をしてくるケースを想定し、証拠を収集します。
会社の現預金の横領事案では、不正な出金の証拠をどこまで確保できるかがポイントです。
従業員個人の口座への送金履歴が残っていれば分かりやすいのですが、会計処理が甘い部分を利用していたり、帳簿を改ざんしたりしている場合には、不正行為の実態や被害額が容易に特定できない事態となります。
帳簿の改ざんをして会社の経費から横領がなされた事案では、改ざんが容易に気付くことができない態様でなされており、改ざん部分の解明を行うため税理士に依頼をした裁判例があります。なお、その事案では、改ざん解明のために要した税理士費用も横領被害の損害として認められました。
会社資産である物品の窃盗の場合は、備品や在庫の帳簿との照合、窃取状況が確認できる防犯カメラ映像の確保といった対応が必要となります。
窃取された物品については、ネットオークションやリサイクルショップ等で換金された場合、そこから窃盗の事実、行為者を特定することがあります。
従業員本人に賠償の資力がない場合にどう対処するか
会社から従業員に損害賠償請求ができるとなった場合でも、従業員には一括で賠償金を支払う資力がない場合がほとんどです。
従業員が不正行為を行う背景には、経済的な困窮、借金問題、浪費といった事情があることが多く、不正に取得した金員は既に費消してしまっているのが通常です。
従業員本人への請求では十分な被害額の回復を図ることができない場合、身元保証人への請求を行うことが考えられます。身元保証人への請求については、結論として、被害額の全額を補填することまでは期待できないのが実情です。
身元保証人が責任を負う範囲については、身元保証に関する法律に規定があります。身元保証人について、損害の全額の保証をするという規定でもなく、責任を負う期間にも制限が設けられています。
身元保証人の責任の法的な範囲については、2020年2月15日投稿のブログにて詳しく紹介をしていますのでこちらもご覧ください。
加えて、裁判例では身元保証人の責任が限定されたり、否定されたりした例もあります。
身元保証人の責任が限定された裁判例では、従業員が顧客の預金通帳を預かって合計約7300万円を詐取した事案において、身元保証人であった父親と叔父の負担割合が全体の2割とされたものがあります。
身元保証人の責任を限定した理由としては、会社において従業員による問題行為のうわさを把握しながら放置したこと、父親及び叔父は60歳を超えていたこと、会社が身元保証人を選定するにあたり、収入があることを条件とするにとどまり、収入の多寡は不問としていたことが考慮されています。
裁判例の傾向をみると、身元保証人からの補填を最大化するためには、身元保証人の資力調査を行う、直接の意思確認をするといった措置を講ずることが考えられます。
ただ、そこまでの措置を講ずることは現実的でなく、身元保証人から全面的な補填を受けることは困難というのが実情です。
少しずつでも継続的な支払を受けるという観点からは、身元保証人以外に資力のある従業員の親族等を新たな連帯保証人にするといった方法も考えられます。
まとまった金額の補填という点からしますと、給与や退職金から天引きをするという方法も考えられます。給与や退職金については、賃金全額払の原則(労働基準法24条1項)の対象です。そのため、給与や退職金から一方的に賠償金の天引きを行うと労働基準法に抵触します。
もっとも、賠償金と給与や退職金との相殺について従業員と合意ができれば、直ちに賃金全額払の原則には反しないとされています。相殺の合意については、自由意思に基づいてなされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要です。相殺の合意に当たっては、相殺の範囲を従業員の生活が維持できる程度にする、合意の経過を形に残しておくといった点に注意しましょう。
従業員が第三者に損害を発生させた場合には、会社への責任追及に備えましょう
従業員が不正行為により顧客や取引先といった第三者に損害を与えた場合、被害者の立場からすれば、従業員個人の賠償の資力を懸念し、会社を巻き込んで賠償請求をすることになります。
会社に対する使用者責任(民法715条1項)は、従業員の行なった不正行為が、会社の事業の執行についてなされたものであることが大前提です。
「会社の事業の執行についてなされたもの」であるか否かは、従業員の勤務する会社の事業の範囲に属するだけでなく、客観的、外形的にみて、従業員の担当する職務の範囲内に属する必要があるとされています。
例えば、不動産仲介会社において不動産売買や保険の営業を担当する従業員が、保険の手続、税金の還付に必要であるなどと理由をつけて顧客から通帳を預かり、勝手に預金を引き出して私的に利用したといった場合は、会社の事業の範囲であり、かつ、従業員の担当する職務の範囲内であるといえます。
他方、銀行の従業員が架空の投資案件を勧誘し、出資金を詐取した事案では、当該従業員が融資の審査や人事を担当しており、投資の勧誘を行わない職務であったことを根拠に、「従業員の担当する職務の範囲内」ではないと判断した裁判例があります。
「会社の事業の執行についてなされた」不正行為といえる場合、会社としては、不正行為を行なった従業員の選任及びその事業の監督について相当の注意をした、あるいは相当の注意をしても損害が生ずべきであったとして使用者責任はないと主張することが考えられます(民法715条1項但書)。
実際には、民法715条1項但書の主張が認められる例は多くありません。
会社において使用者責任が追及された場合には、不正行為が「会社の事業の執行についてなされた」か、被害者側による不正行為の事実や損害の立証が十分か、といった点からも反論をするのが現実的な対応といえるでしょう。
会社が従業員に代わり賠償をした場合に求償が可能な程度は?
対外的な損害賠償について会社が責任追及をされることが多いとなれば、会社としては、従業員にも負担の分担を求めて求償権(民法715条3項)の行使を検討することになります。
会社から従業員に対する求償権の行使に関する裁判所の考え方としては、損害の公平な分担という視点から判断をします。一般的に、会社は従業員を使用して利益を得ていることからすると、会社が負担した損害賠償を全面的に従業員に転嫁するのは不公平という発想につながります。そうなると、会社から従業員に対する賠償責任の全面的な転嫁はできない方向になるのです。
求償の範囲を判断するにあたっては、使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度を考慮します。
顧客からの金員の詐取や会社資産の横領といった、会社の取引に関する故意による不法行為の事案では、全面的な求償が認められる例が一定数みられます。
ただし、従業員に全面的な求償ができるとしても、従業員の支払能力の問題には直面する点は留意が必要です。
不正行為により損害が生じた被害者が、会社の場合も第三者の場合も、従業員の賠償能力がない場合には、最終的に会社が損失を回復できない結果となります。
従業員の不正行為は、発生後の対応もさることながら、発生を予防することがより重要です。従業員が不正を行わないための仕組みづくり、従業員の教育とマインドセットの強化といった両側面のアプローチで予防をしていく必要があります。
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