残業代請求
固定残業代で「払ったつもり」にならないための見直しのポイント
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2023.07.21
従業員から残業代請求がなされたさい、会社から「固定残業代制の範囲内での労働のため、残業代は支払わなくてもよいのでは?」という質問が出ることがあります。固定残業代制の制度設計や運用実態に問題があれば、残業代の支払義務が発生する場合があるため注意が必要です。本ブログでは、事例をご紹介しながら固定残業代について解説をしています。貴社の制度設計の見直しにおいてご活用ください。
目次
固定残業代の基本的な考え方
固定残業代制は、一定の時間外労働が想定される事業において、時間外労働の算定が困難である、給与計算の負担を軽減する必要があるといった理由から採用されます。例えば、自動車運送業、ホテル業、各業種の営業職で採用されています。
制度設計としては、基本給などの通常の賃金の中に時間外の割増賃金を組み込む制度(基本給組込型)、基本給とは別に運行手当、役職手当等、基本給とは別に時間外の割増賃金に代わる手当を定額で支払う制度(手当支給型)に大別されます。
割増賃金の計算について、労働基準法37条は、同条所定の方法により算定された金額を下回らない金額での割増賃金の支払を義務付けるにとどまります。労働基準法37条は具体的な計算方法まで指定していないことから、固定残業代制自体は違法ではありません。
ただし、過労死ラインを超える時間外労働を前提とする制度設計の場合は、無効となる場合があるため注意が必要です。
有効な固定残業代制のもとでも、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できること(明確区分性)②割増賃金部分が時間外労働等の対価として支払われていること(対価性)が必要とされています(最高裁第二小法廷平成29年7月7日判決等)。
長時間労働を前提とした設計の場合、固定残業代制自体が違法となる可能性も
固定残業代制は、割増賃金さえ払えば長時間労働を許容するという制度ではありません。
長時間労働は疾病の発症や労災事故のリスクを高めるものです。過重労働により脳・心臓疾患を発症した場合、発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められると労災と認定されます(令和4年10月版厚生労働省基準)。また、働き方改革に伴う法改正により、36協定で認められる時間外労働の上限が、原則として⽉45時間・年360時間となりました(労働基準法36条4項)。
このような長時間労働に関する基準、規制を超える時間を対象とする固定残業代制は、使用者の安全配慮義務違反、公序良俗違反として無効とされる可能性が高いといえます。
例えば、ホテルの料理人が基本給、賞与とは別に職務手当を支給されていた事案では、使用者であるホテル側が、職務手当について何時間分の時間外労働の対価であるかの明記はないものの、95時間分の定額時間外賃金であると主張しました。裁判所は、36協定の月の上限が45時間であること、月45時間以上の時間外労働の長期継続が健康を害するおそれがある旨指摘する厚生労働省の通達がなされていたことを考慮し、職務手当が95時間分の定額時間外賃金として合意されたものとはいえないと判断しました。定額時間外賃金として有効となるのは月45時間分までで、月45時間を超える時間外労働については、別途割増賃金の支払が必要とも判断しています(札幌高裁平成24年10月19日判決)。
なお、月80時間という労災認定のラインとの関係では、月70時間の時間外労働を対象とする固定残業代の有効性が問題となった事案があります。この事案において、裁判所は、36協定の例外としての特別条項が定められており、特別条項を無効とする事情はないことから、月70時間の時間外労働を対象とする業務手当は違法ではないと判断しました(東京高裁平成28年1月27日判決)。
東京高裁の事案は、労災認定ラインを下回る時間が固定残業代の対象時間ではありました。ただ、平成31年4月1日以降順次施行されている働き方改革関連法、月80時間未満の70時間台の時間外労働でも労災認定がなされた事例が見受けられる近時の情勢からすると、月70時間の時間外労働を対象とする固定残業代は今後違法と判断される可能性もあります。
固定残業代の対象時間の一つの目安としては、36協定の上限の原則である45時間を念頭に置くことが無難といえるでしょう。
固定残業代の規定は一読して分かりやすく、計算がしやすい内容としましょう
固定残業代の対象時間には問題がない場合、まずは通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できること(明確区分性)が有効性の条件となります。基本給組込型の固定残業代の場合に問題となる傾向があります。
明確な例を挙げれば、「基本給●●万円。労働時間**時間分の固定割増賃金◎◎万円を含む。」という規定となります。
明確区分性が否定された事案では、「基本給41万円。総労働時間が月180時間を超える場合は1時間当たり一定額を支払い、月140時間未満の場合は1時間当たり一定額を減額する。」というものがあります。この事案では、基本給41万円の一部が他の部分と区別されて割増賃金とされていないこと、割増賃金の計算対象となる労働時間が月により大きく変動しうることが明確性を否定した根拠となっています(最高裁第一小法廷平成24年3月8日判決)。
また、歩合給に割増賃金を組み込んでいる場合にも、明確区分性が否定されることがあります。「歩合給に時間外労働分の割増賃金が含まれている。」という使用者側の主張について、裁判所は、従業員が時間外あるいは深夜の労働を行なった場合においても歩合給が増額されていないことから、明確区分性を否定する判断をしています(最高裁第二小法廷平成6年6月13日判決)。
残業代請求を行う従業員に対して複雑な計算を求める賃金体系、あるいは計算可能であっても残業代部分の区別の実態がないといった場合には、明確区分性が否定される可能性があるといえます。
残業代支払の潜脱にならない計算方法、運用となるようにしましょう
明確区分性に問題がないとなった場合、対価性に問題がないかの判断となります。
対価性については、労働契約上の明示まではなくとも、①契約書等の記載内容②使用者の労働者に対する説明内容③実際の勤務状況等を総合考慮して判断するものとされています(最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決)。
上記最高裁の事案では、雇用契約書、採用条件確認書及び賃金規程に業務手当が時間外労働の対価として支払われる旨記載があったこと、業務手当は約28時間分の時間外労働に対するものといえるところ、当該従業員の時間外労働の実態は、残業代を請求する15カ月のうち、30時間以上3回、20時間台10回、20時間未満2回であり、大きな乖離はないことを考慮して対価性が認められています。
対価性が否定された事案では、寮の管理人に対する「管理職手当」について趣旨が不明確であると判断された例、「業務推進手当」は職務と遂行能力に基づいて支給されていると判断された例があります。
また、歩合給や出来高給に時間外労働に対する割増賃金を含む制度の場合、対価性の面からも問題となることがあります。
歩合給から割増賃金を控除する給与体系を採用し、歩合給算定の基礎を、歩合給から控除する割増賃金の算定の基礎にも用いる計算方法であった事案においては、労働基準法37条の割増賃金の本質から逸脱したものであると判断しました。この計算方法の場合、割増賃金を出来高に対する経費として全額を従業員に負担させているに等しく、割増賃金が多い場合には出来高部分が0円になり通常の労働時間に対する賃金がなくなるという問題点があります。この点をもって裁判所は労働基準法37条の割増賃金の本質から逸脱していると判断しました(最高裁第一小法廷令和2年3月30日判決)。
他方、出来高給から時間外手当を控除する計算方法を採用していた場合でも、出来高給の算定の基礎を時間外手当の算定の基礎に用いていない事案では、労働基準法37条の趣旨には反しないと判断されました。出来高給から控除される時間外手当が出来高給以外の賃金を基礎に算定されることで、時間外手当の控除は出来高に対する経費の全額を従業員に負担させているものとはいえないと裁判所は判断しています(大阪高裁令和3年2月25日判決)。
対価性については、手当の性質、実際の支払状況、労働基準法37条を潜脱するものか否かといった点から問題がないかを確認する必要があるといえます。
固定残業代制の見直しのポイント
基本給組込型の場合は、規定内容や計算方法が分かりやすいものであるか、労働基準法37条を潜脱していないか、という観点から問題がないかを検討することが有効です。
手当支給型の場合は、手当の名目及び実態の双方が時間外労働に対する割増賃金となっているのか、という観点から見直すことになります。
裁判で争われた場合、裁判所は実態面まで詳細に検討することがあります。見直しの際には、法的に隙のない制度を構築するため、弁護士や社会保険労務士と連携することをお勧めします。
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