残業代請求
残業規制のいまを知り、労働環境改善の機会をつくる
弁護士:松﨑 舞子 投稿日:2024.05.17
トラックドライバーの時間外労働の上限規制が2024年4月から適用となるなど、残業時間の規制が厳しくなっています。物流の2024年問題のように規制の厳格化による悪影響に注目が集まりますが、労働環境の見直し、改善につなげる機会と捉えてみるのはいかがでしょうか。本ブログでは、残業時間削減の前提として理解しておくべき労働時間の考え方、最近の労働時間の規制をみたうえで、残業時間削減対策のポイントについてもご紹介します。
労働時間か否かの判断基準
残業時間を把握するためには、そもそも労働時間がどこまでの範囲を指すのかを理解しておく必要があります。
業務を行っている時間以外にどこまでが労働時間に含まれるのかについては、労働基準法上明確な定義がありません。
労働時間の考え方は、最高裁判所の判例において具体化されています。最高裁判所は労働時間を「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」としたうえで、労働時間に該当するかは、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるのであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」としています(最高裁第一小法廷平成12年3月9日判決)。
そして、使用者の指揮命令下にあるといえる場合について、平成29年に厚生労働省が発表した、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインでは、「明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間」とされています。
労働時間に該当するか否かは、具体的な労働の実態を踏まえて判断する必要があることに留意しましょう。
労働時間該当性が問題となる場合
先程ご紹介した労働時間に該当するか否かの判断基準を念頭に、問題となりやすい場面をみていきます。同様の場面でも、労働の実態を踏まえると結論が異なる事例もご紹介します。
<業務の準備、片付け>
業務の準備には、作業服・制服への着替え、安全保護具の着用、点呼、朝礼等があります。使用者の指揮命令下にあるといえるのは、準備作業が義務付けされているか余儀なくされている、参加の強制や不参加への不利益がある場合です。
作業服への着替えについては、就業規則での義務付けがあり、始業の勤怠が作業服着用の状態で作業場にいることを基準としていたといった事情を考慮し、着替えの時間を労働時間と認めた例があります(最高裁第一小法廷平成12年3月9日判決)。他方、作業服着用について使用者の指示はあるものの、施設現場において使用者の指揮監督による拘束下になくとも可能である点を捉えて安全確保のための便宜的措置であるとして、着替えの時間を労働時間として否定した例もあります(東京高裁昭和57年7月16日)。
業務の片付けについては、作業服や保護具の着替え、整理整頓、報告書等の資料作成、終礼といった作業が想定されます。
準備の場合と同様に義務付けや履践・参加の強制があるかという点から労働時間該当性を判断します。
資料等作成について、警備員の警備報告書作成の例では、下番報告、警備報告書の作成・送信、装備品の返却、勤務シフトの調整が実体として一連の終業作業として行われていたことを考慮し、警備報告書の作成の義務付けがなされていたとして作成時間が労働時間とされました(東京地裁平成22年2月2日判決)。他方、実習日報の作成の例では、日報は実習の経過を示すものであって会社の業務に直接関係するものではないこと、提出期限も特になく、必ず当日中に提出しなければならないとの決まりもなかったこと、実習スケジュールにおいては実習メニューとは別に概ね35分ないし65分間の日報作成の時間が取られていたことを考慮し、日報作成のために残業を命じたとはいえないとして、作成時間は労働時間と認められませんでした(東京高裁平成25年11月21日判決)。
<研修、訓練への参加>
研修、訓練への参加は、業務の準備、片付けと同様に参加が義務付けないし余儀なくされている場合は労働時間と認められ、参加が自主的ないし任意となっている場合は労働時間と認められない傾向にあります。
業務や職場の改善活動の例では、改善活動が使用者の生産体制を支えてきた旨取締役が認めていること、会社紹介のパンフレットでも改善活動を積極的に評価して取り上げていること、改善活動を上司が審査し、その内容が業務に反映される場合があったこと、改善活動に対して賞金や研修助成金、一部の時間の残業代が支払われていたことを考慮し、改善活動は労働時間に該当すると認められました(名古屋地裁平成19年11月30日判決)。
他方、業務に関連する技能の習得を目的とするWEB学習の例では、WEB学習を推奨し、目標とすることが求められていても、学習成果を測定するための技能試験までは実施されていないことから、自己研鑽として推奨されるにすぎず、業務として指示があったとはいえないとして、WEB学習の時間は労働時間とは認められませんでした(大阪高裁平成22年11月19日判決)。
<接待への参加>
宴会やゴルフといった仕事上の接待についても、参加が義務付けないし余儀なくされているかという視点で判断を行います。
顧客との接待宴会について、会社が業務性を肯定して接待費を負担している、営業上の情報収集や根回しが行われているといった点からすると業務の延長といえるとして、接待の労働時間性を肯定した裁判例があります(大阪地裁平成23年10月26日判決)。
コロナ禍等で接待離れが進む昨今、労働者が接待の労働時間性について疑問を持つ場合も出てくるかもしれません。
<手待時間、待機時間、夜勤、宿直の休憩、仮眠時間>
実際に作業をしていなくとも、必要があれば直ちに業務としての対応が義務付けられる状態にある場合は、待ち時間や休憩時間であっても労働時間と認められます。待ち時間の労働時間性を判断する際には、「労働者において労働からの解放が保障されているか否か」という視点で考えていくこととなります。
トラックの運転手の待ち時間を例に挙げると、待ち時間中、次の指示があるまで食事や飲酒、パチンコに行くこともできた事例では、待ち時間の労働時間制が否定されました(大阪地裁平成18年6月15日判決)。
他方、待ち時間中にトイレやコンビニへの買い物に行くことはできても、荷積みの伝票処理や積荷の運搬に即座に対応しなければならない、積荷の温度管理も厳格に行うことが求められていた等の実態を考慮し、実作業時間に当たるとして休憩時間として認められなかった例もあります(横浜地裁相模原支部平成26年4月24日判決)。
<運転手のフェリー乗船中の移動時間>
長距離トラックドライバーの労務環境改善のため、陸路とフェリーを併用する方法も広がりを見せているようです。
フェリーの乗船時間中は、通常、労働者が自由に時間を使うことができるため、労働からの解放が保障されているといえ、労働時間性が否定されることが一般的です。他方、物品の運搬や監視を使用者から命じられている場合は、労働からの解放が保障されているとはいえず、運搬や監視の時間は労働時間と認められることになります。
時間外労働の規制の現状を把握しましょう
労働基準法上、時間外労働はさせてはならないことが原則で、労使協定(いわゆる36協定)を締結することで時間外労働をさせることが可能となります(労働基準法32条、32条の2)。
36協定が締結された場合でも、無制限に時間外労働をさせることはできません。
平成31年4月1日施行の改正労働基準法により、時間外労働の上限時間が法律による規制として定められ、違反した場合の罰則も整備されました。
法改正前は、上限時間が行政指導で定められているのみで、臨時的な特別の事情がある場合の上限の時間は規制がない状態でした。
長時間労働の問題が取り上げられる中で、平成31年の法改正により、原則的な上限時間のほか、臨時的な特別の事情がある場合の上限の時間も法律で規定されることとなったのです。
大企業については、改正法の施行とともに規制が適用され、中小企業への適用は1年猶予されて令和2年4月1日からの適用となりました。
改正法による時間外労働の上限は、原則として⽉45時間・年360時間です(労働基準法36条4項)。
臨時的な特別の事情がなければ原則的な上限時間を超えることはできません。臨時的な特別の事情があって使用者と労働者が合意する場合でも、次の点を守らなければならないこととなりました。
①時間外労働が年720時間以内
②時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
③時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1⽉当たり80時間以内
④時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度
これらの規定のうち、②③に違反した場合、6か⽉以下の懲役または30万円以下の罰⾦が科されるおそれがあります(労働基準法119条1号)。
ただし、特定の業種については、上限時間の例外的な取り扱いがなされています。
建設事業、自動車運転の業務、医師については、令和6年3月31日まで臨時的な特別の事情がある場合の上限規制の適用が猶予されていました。令和6年4月1日以降は次の規制が適用されます。
<建設事業>
災害の復旧・復興の事業を除き、上限規制がすべて適用される。
災害の復旧・復興の事業に関しては、時間外労働と休⽇労働の合計について、「⽉100時間未満」「2〜6か⽉平均80時間以内」とする規制は適用されない。
令和7年開催の大阪万博のパビリオン建設のため、時間外労働の上限規制の対象外とする意見が出て話題となりましたが、この意見の念頭にあるのはこれらの規制となります。
<自動車運転の業務>
特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限は年960時間。
時間外労働と休⽇労働の合計について、「⽉100時間未満」「2〜6か⽉平均80時間以内」とする規制は適用されない。
時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは年6か⽉までとする規制は適用されない。
これらの規制の適用が2024年問題につながるとされています。
<医師>
特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限は年960時間。
ただし、次の理由に対応する業務に従事する場合は上限が更に延長される。
他院と兼業する医師の労働時間を通算すると長時間労働となるため:通算で1860時間(各院では960時間)
地域医療の確保のため、臨床研修・専門研修医の研修のため、長時間修練が必要な技能の修得のため:1860時間
また、新技術、新商品等の開発業務については、労働基準法の上限規制は適用が除外されているものの(36条11項)、平成31年4月の労働安全衛生法改正により、1週間当たり40時間を超えて労働した時間が⽉100時間を超えた労働者に対しては、医師の⾯接指導が義務付けられました(労働安全衛生法66条の8の2、労働安全衛生規則52条の7の2)。違反した場合は50万円以下の罰金が科される可能性があります(労働安全衛生法120条1号)。
残業について法規制や社会情勢は年々厳しくなっています。残業問題への対処は、従業員に長く健康に働いてもらうために必要な取り組みと捉える必要があるといえるでしょう。
残業時間削減を実行する際のポイント
残業時間削減を実効性のあるものにするためには、対策チームを結成したうえで、データに基づく現状把握を行い、従業員全体の理解を促した上で対策を実施するといった点を意識しましょう。
対策チームについては、構成員の人数に関係なく、関係するすべての部署の現状、要望を把握できる体制を構築する必要があります。残業時間を削減すること自体への従業員の反発がある場合、その理由を探ることで新たな課題が見つかることもあります。残業ありきでなければ手取りが十分でない、という理由であれば、給与水準の見直しも併せて行う必要があります。納期に間に合わない、という理由であれば、受注体制、生産システム、設備等、どの部分に問題があるのかを掘り下げることになります。
収集するデータについては、勤怠管理データ、業務日報等、現状存在するデータを基礎として、分析を行います。不足部分がある場合はヒアリングやアンケートで補足を行います。
対策が決定したら、対策の規模に応じて試験的導入を経て本格運用を開始します。
本格運用を行う対策が確定したところで、就業規則への記載や社内報、説明会による全員への周知を十分に行い、運用開始に伴う混乱を予防しましょう。
一定期間実施をした段階で、検証を行い、改善を行うことも重要です。
時間外労働規制の範囲内であっても、長時間労働で従業員が疲弊しているのであれば、対策を講じる必要があります。
長時間労働問題の放置は、労災や製品事故の誘発、残業代請求といったリスクにもつながります。 規制の厳格化を見直しの好機と捉え、残業時間削減のプロセスを労働環境全体を改善する機会とするのも一手です。
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